大変ご無沙汰、京都小劇場演劇界のたこるくん、
ケービーズの岡野です。
最近はまったくTwitterづいてしまって、
ブログがまったくおろそかになっております。
あ、で、昨日、観てきました。
あの、第三舞台の解散公演、
『深呼吸する惑星』。
感想、ではありませんし、批評、でもありません。
ま、ファンレターのような、ラブレターのような、独り言です。
(ネタバレありますので、未見の方は注意!!)
☆ ☆ ☆
「切ない」、そんな気持ちだった。
九十年代、人気の絶頂だった第三舞台の芝居を観て、
ボクは芝居を始めた。
あれからおよそ二十年が経ち、
ボクはここにいて、第三舞台は解散する。
客席にはたくさんの、第三舞台と共にあった人たち。
ボクは、しばらく第三舞台を「忘れていた」一人だ。
そう、忘れていたのはボクなのだ。
オープニングのロキシーミュージックを聴きながら、
大高さんや長野さんの、アラフィフとは思えないダンスを観ながら、
不意にこぼれそうになる涙を堰き止めていたのは、
その「忘れていた」という事実だ。
学生時代に観た第三舞台の芝居は、
いつも【ボク】に向けられていた。
その衝撃が、ボクにとっての第三舞台だった。
でも、今回のラストシーン、ボクはそれを、傍から見ていた。
生者と死者。作家と演者。劇団とファン。
「ありがとう」が交わされたその瞬間、
ボクは、ただそれを見つめるだけだった。
きっとそれはわかっていたことだった。
恋をして、別れた女性がいるとする。
時が経って、もう思い出しさえしない彼女を、
偶然街で見かける。
やあ、久しぶり、と声をかける。
少し年を重ねたけれど、本当に幸せな笑顔で彼女は話す。
かわいい子どもと手をつないだまま、いくらか言葉を交わし、
旦那さんの運転する車に乗り込んで去っていく。
後悔でもうらみでもなくて、
うれしいような、かなしいような、切なさ。
彼女の人生と、ボクは離れてしまったのだ、という思い。
そこにあるお芝居のクオリティが素晴らしいものであるからこそ、
ボクは切なかったのだ。
観たくなかったような、それでいて、見逃さなくてよかったというような。
とても、とても切ない思いがそこにあった。
ただ、
ただ、その第三舞台の最後を観に行こうと思わせたのは、
ボクと第三舞台をもう一度つなげてくれた一人の役者さんの存在である。
この解散公演を最初に知った時、ボクは観に行かないでおこう、
そう思っていた。
しかし、芝居の後輩であり、とても才能のある役者さんが
クレジットされているのを知った時、すぐにチケットを手配した。
きっと、大事な舞台だったのだと、思う。
この芝居を観られたのは、本当に奇跡的で、
良かったと。
ありがとう、コーカミさん。
ありがとう、第三舞台。
ありがとう、みっちー。
ガンバレ、オレ。