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「もろもろのブログ」 by ケービーズオフィス

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こちらは、だいひょう・岡野が京都を中心に活動する演劇ユニット、ケービーズのブログです。TOPは...www.geocities.jp/kbzweb/

どうも。
京都小劇場演劇界の出オチ、ケービーズ・岡野です。
気づけば9月も半ば。9月頭の作品のことを。

● ● ● ● ●

演劇ビギナーズユニット修了公演
monocon「カラフルメリィでオハヨ」

演劇を「難しい」というとき、
そこには色々な意味がある。

演劇という媒体そのものの抱える「難しさ」。
リアルタイムで、直接、複数で、身体によって見せる、
演技・テクニカルワークの物理的限界、…
他にもあるが、演劇で表現することそのものは、「難しい」。

そして、
演劇を初対面の人間でつくることが「難しい」、とか、
初心者が演劇をつくることが「難しい」とか、
アマチュアとして演劇をつくる「難しさ」、
演劇への価値基準の差がある中でつくる「難しさ」、
そして何より戯曲の持つ「難しさ」。

彼らはよくやっていた。
おそらく演劇の「難しさ」に真正面から取り組んでいたと思う。
それだけにおいても、今回の求めるべき目標は達していたのかもしれない。

おそらく、彼らの中に生まれた「結実」も、
きっとそれは各々違うと思う。
あの「難しい」台本の中で、
自分が何を悩んだか、
自分はどうやって山を登ったのか。
逃げたのか
かわしたのか
真正面からいったのか。

何より、それを自らに抱え、それぞれが向き合ってほしいと思う。
より深く、より密に。

彼らの旅立ちに幸多からんことを。

ケービーズ・岡野
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# by kbzoffice | 2012-09-14 23:44 | 「好日日記」
どーも、
京都小劇場演劇界のカワウソ(絶滅種)、
ケービーズ・岡野がお送りしております「もろもろのブログ」です。

 ● ● ● ● ●

今の仕事に就くようになって、
夏の終わりが鮮明に線が引かれます。
一部の学校では、もう2学期が始まっているようですが、
それはちょっと…と思ったりもします。

ま、いずれにしても、
今日が夏の終わり感が一番強い日です。
森山直太朗が、頭の中でエンドレスで歌っています。
時々井上陽水の「少年時代」も挿入。

ケービーズの創作活動も、転換期に入りそうです。
進化を止めてはいけない。

ケービーズ・岡野
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# by kbzoffice | 2012-08-31 07:54 | 「好日日記」
どうも。
京都小劇場演劇界の万年留年生、ケービーズ・岡野です。
残暑お見舞い申し上げます、皆さんいかがお過ごしですか?
私は、先月「ipad」欲しい熱に浮かされてたんですが、だいぶ熱は引いてきました。
スマホは元々いらないので、時々ボタン操作ができなくなる(落下させ過ぎ)現ケータイの交替時期を見失っている今日この頃です。

● ● ● ● ●

芝居でも映画でも小説でも、自分の心がスイッチオンで見られる作品と、いつまでもオフのままで見ている作品がある。
オンで見られると、終わった後、すごく元気になって、誰かと話をしたくなる。大体一緒に見た人はウザがるくらい、延々その作品について話す。いつの間にか作品のことを離れても喋り続ける。作品が、ボクに命を分けてくれた瞬間だ。自分もそんな作品を創ろうと、強く思う。
でも、オフのままで見た後は、すごく気持ちが下がる。人の目とか見なくなって、コンビニのオネーチャンがせっかくお気に入りのカワイイ子でも、全く無言で帰ったりする。

芸術作品とは、かくも難しいものか、悩む悩む悩む。ボクの作品が観客の皆さんへの贈り物となるように。

ケービーズ・岡野
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# by kbzoffice | 2012-08-23 22:06 | 「好日日記」
どうも、ご無沙汰しています。
京都小劇場界の残存兵、
ケービーズだいひょう・岡野がお送りしております『もろもろのブログ』です。

今日、ツイッターを辞めまして、ブログに復帰です。
しばらくやってみたんですが、辞めることにしました、ツイッター。

何でかというと、つぶやいちゃうんですよ、色々。
ブツブツ言う言葉は、良くない。
勢いがない、クヨクヨする、ダメになる。
良くないってわかっているけれど、つぶやいてしまうのだ。
良くないとわかっていたら辞められるなら、
この世の犯罪は半分なくなってます(あと半分は確信犯)。
辞めるためには、断つしかない。
というわけで、ブログに復帰です。

ブログの文章は、少なくとも何回かは推敲する。
そして、大きな声で世に放つ言葉です。
(まあ、世の中全体にはかすかにも聞こえてないでしょうけれど)
言葉は、ブツブツ言っちゃいけない。
大きな声で、はっきりと。
世の中すべてに聞こえることを、
誰に聞かれても構わない言葉だけを、
世界に向けて現わすのだ。

ブツブツとでも、大きなはっきりとした声でも、
その言葉すべてが自分を構成する要素になる。
必要なのは、真に、大きな声。

またブログの方で、よろしく。


ケービーズだいひょう・岡野真大
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# by kbzoffice | 2012-08-15 12:58 | 「好日日記」
どこぞの王子様
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ」

そこらの囚人
「目はすべてのものを見ているよ。
耳だってすべてのことを聞いている。
それを見えない聞こえないってのは、畢竟、君の心の怠慢だろ」

そこらの囚人
「目が見てきたことを聞かず、耳が聞いてきたことを無視して、そりゃあ目や耳がかわいそうだよ。
見えることも見えないこともあるんだろ。
じゃあ見えることと見えないこと、すべて見えてるってことだろ。」

そこらの囚人
「世の中の出来事が見えないってのは、隠れた部分があるってことだし、
大切な人の気持ちが分からないのは、伝えたくないことがあるってことが明白だ。
心で見えること?
心じゃないと見えないことってことだろ?
そんなのは信用ならないね、眉唾もんさ。」

そこらの囚人
「もっと目が見たことを事細かに聞いてやることさ。
耳が聞いたことをつぶさに見てやるんだ。
心はものを見ることも聞くこともできないんだから、
目や耳にもっと全幅の信頼を置いてやっちゃあくれないか。
同じ体の一部として、心の方が身分が高いってわけじゃないだろう。」

[2012/6/21/0630頃のツイートを編集]
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# by kbzoffice | 2012-06-21 20:18 | 1207までの過去ログ
どうも全くもってご無沙汰しとりました。京都演劇界の三年寝太郎、ケービーズ・岡野です。
ホントに三年近く休眠状態でした(一回起きかけて挫折)が、来週末に復帰作をdrop☆
後輩の公演に、作・演出として参加です。
若いメンバーですが、岡野テイストの効いた作品にはなってるかなぁと思います。
ぜひ久しぶりぶりに、ご覧ください。

【公演情報】
演劇Unit∮Ring(えんげきユニットファイリング)#1
『いくものと』
2012年4月
28日(土)18時〜
29日(日)14時〜/18時〜
30日(祝)14時〜  
*開場は開演の15分前
[会場]
壱坪シアタースワン(烏丸五条下ル、三筋目を西入ル)
[アクセス]
地下鉄烏丸線【五条駅】8番出口より徒歩1分
京都市バス【烏丸六条】下車、徒歩5分
     【烏丸五条】下車、徒歩7分
===========================
客席20に満たない超狭小空間で繰り広げられる密室会話劇。
舞台は止まったエレベーター。
繁華街の裏通り、怪しげな雑居ビル。
世界の命運とは多分関係なくて、
登場人物たちの人生には割と重要な、
ほんの少しの間の出来事を、
彼らのすぐそばでご覧ください。
===========================
[料金]
¥1,000(上演後の珈琲又は紅茶付/完全予約制)
[予約]
phiring2012@yahoo.co.jp
まで「お名前(カタカナ)・日時・人数・ご連絡先」を送信ください。

[脚本・演出]
岡野真大(ケービーズ)
[出演]
天野裕介(劇団ヘルベチカスタンダード)
クリスティーナ竹子 (ピンク地底人)
勝二繁(劇団テンケテンケテンケテンケ)
伊藤大輝(ひげプロ企画)
谷内一恵
[スタッフ]
制作:かづちやえ
照明:鈴木永遠(劇団ケッペキ)
音響:ジェシカ・エインゲルマン(劇団ヘルベチカスタンダード)
美術・衣装:梶原歩(劇団ヘルベチカスタンダード)
舞台装置:天野裕介(劇団ヘルベチカスタンダード)
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# by kbzoffice | 2012-04-22 21:08 | 1207までの過去ログ
大変ご無沙汰、京都小劇場演劇界のたこるくん、
ケービーズの岡野です。

最近はまったくTwitterづいてしまって、
ブログがまったくおろそかになっております。

あ、で、昨日、観てきました。
あの、第三舞台の解散公演、
『深呼吸する惑星』。
感想、ではありませんし、批評、でもありません。
ま、ファンレターのような、ラブレターのような、独り言です。
(ネタバレありますので、未見の方は注意!!)

 ☆  ☆  ☆

「切ない」、そんな気持ちだった。

九十年代、人気の絶頂だった第三舞台の芝居を観て、
ボクは芝居を始めた。
あれからおよそ二十年が経ち、
ボクはここにいて、第三舞台は解散する。

客席にはたくさんの、第三舞台と共にあった人たち。
ボクは、しばらく第三舞台を「忘れていた」一人だ。
そう、忘れていたのはボクなのだ。
オープニングのロキシーミュージックを聴きながら、
大高さんや長野さんの、アラフィフとは思えないダンスを観ながら、
不意にこぼれそうになる涙を堰き止めていたのは、
その「忘れていた」という事実だ。

学生時代に観た第三舞台の芝居は、
いつも【ボク】に向けられていた。
その衝撃が、ボクにとっての第三舞台だった。
でも、今回のラストシーン、ボクはそれを、傍から見ていた。
生者と死者。作家と演者。劇団とファン。
「ありがとう」が交わされたその瞬間、
ボクは、ただそれを見つめるだけだった。

きっとそれはわかっていたことだった。
恋をして、別れた女性がいるとする。
時が経って、もう思い出しさえしない彼女を、
偶然街で見かける。
やあ、久しぶり、と声をかける。
少し年を重ねたけれど、本当に幸せな笑顔で彼女は話す。
かわいい子どもと手をつないだまま、いくらか言葉を交わし、
旦那さんの運転する車に乗り込んで去っていく。
後悔でもうらみでもなくて、
うれしいような、かなしいような、切なさ。
彼女の人生と、ボクは離れてしまったのだ、という思い。

そこにあるお芝居のクオリティが素晴らしいものであるからこそ、
ボクは切なかったのだ。
観たくなかったような、それでいて、見逃さなくてよかったというような。
とても、とても切ない思いがそこにあった。

ただ、
ただ、その第三舞台の最後を観に行こうと思わせたのは、
ボクと第三舞台をもう一度つなげてくれた一人の役者さんの存在である。
この解散公演を最初に知った時、ボクは観に行かないでおこう、
そう思っていた。
しかし、芝居の後輩であり、とても才能のある役者さんが
クレジットされているのを知った時、すぐにチケットを手配した。

きっと、大事な舞台だったのだと、思う。
この芝居を観られたのは、本当に奇跡的で、
良かったと。

ありがとう、コーカミさん。
ありがとう、第三舞台。
ありがとう、みっちー。

ガンバレ、オレ。
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# by kbzoffice | 2011-12-23 21:49 | 1207までの過去ログ
どうも、京都小劇場演劇界の心づけ、ケービーズ・岡野です。

ホームページ、ちょっとアドレス変更して再稼動です。
お気に入り/ブックマークのご変更、リンクの変更などしていただけるとありがたいです。

PCアドレスの変更はもうちょっとお待ちを。

「期待しなければ、落ち込むこともない。」
というのもひとつの心理ですが、
それはそれで寂しいよね。

期待に応えられるのはうれしいことだ。

だいひょう・岡野
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# by kbzoffice | 2011-09-17 22:53 | 1207までの過去ログ
どうも、京都小劇場演劇界の隠れキャラ、ケービーズだいひょう・岡野です。

この度、都合によりPCで使用していたアドレスを停止しました。関係各位には後日改めて新アドレスをメールしますので、お手数ですが諸々変更よろしくお願いいたします。一週間経っても連絡来ない人は、ブログかTwitterか直電でご連絡ください。

何せ10年以上変えずに使ってきたアドレスなので、色々不都合もあるし、結構寂しいものがあったりもします。
引き続きケータイの方も変更が必要かなあ、とも思ってたりもして、さらに複雑なところ。こっちは20年近くになりますから。

ま、とはいえ、人生後ろに積んであるものばかり気にしていてはいけません。新たな地平線を目指すには、今から描く地図のための真白な紙が必要なのだ。

ケービーズだいひょう・岡野
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# by kbzoffice | 2011-09-14 07:00 | 1207までの過去ログ
どうも、京都小劇場演劇界の消防団、
ケービーズの岡野です。

夏は、本をたくさん読んで、
お芝居を観はじめました。

昨日観たのは、
京都市東山青少年活動センターの企画、
「演劇ビギナーズユニット」の修了公演、『贋作・罪と罰』。

 ☆  ☆  ☆

今回のビギナーズユニットの公演の率直な感想は、
「イノセント(無垢)」である。
そこにあったのは、
一所懸命で真っ直ぐに演劇に取り組もうとした
イノセントな彼らの熱である。
もちろん初心者であるが故のつたなさもある。
しかし温かな熱に包まれたその芝居は、
観ていて、確かに心地の良いものだった。

ただし、
このお芝居には、
イノセントであるがゆえの限界があったのも事実である。

取り組む姿勢や演技としての技術はイノセントであるがゆえ、
心地いい観劇であった。
しかし、野田作品に描かれる「重さ」を
体感するところまでにはいたらなかったように思う。
きっと彼らは、貧しさが故に人を殺める主人公の姿を、
理想という熱に酔い、その酔いを醒まさせないようにもがく登場人物の姿を、
「イノセントに」理解できていたと思う。
しかし彼らは、そこに描かれた人の心の闇を、
自らの心の中の闇と同じものとして震えていたか、
といわれると、そこまでではなかったのではないか、と。
どこか遠い世界の、フェアリーテール(おとぎばなし)として、
熱に浮かされていたのではないだろうか。

京都の片隅で行われている小さな芝居でも、
世界規模の大スペクタクルでも、
その作品の中にある闇が、演者の心の闇と共振した時、
「熱」がそこから湧き上がる。
その「熱」こそが、演劇の本質だ。
これは一所懸命にやったから出る熱でもないし、
がむしゃらにぶつかって出るものでもないし、
ただ読み解けば出るものでもない。
どう掴むのか、それが演者や演出家の腕の見せ所なのだ。

そしてその「熱」が、観客の心にも「熱」をうつす。
静かな芝居もエンタメも、初心者も大ベテランも、
天才も凡人も関係ない。
その「熱」がうつっていくかどうか、
それがお芝居にとって必要なものだ。

それは芸術にとっても必要で、
生活にも人生にも教育にも政治にも必要なのだと思う。
人の闇を自らのこととして想像する力は、世界を動かす。
それを教えてくれるのが、芝居なのだ。

大きな話になったけれど、
ボクが芝居を観ながら考えたのは、
そんなことだった。
もしかすると、これで芝居にかかわるのが最後になる人がいて、
これから一生芝居にかかわる最初になる人もいるかもしれないのが、
このビギナーズユニットという企画の特徴だ。
願わくば彼らがこの企画を終えて、
「熱」を感じる人になってくれることを期待しつつ、
ボクは劇場を後に、暴風雨の中を帰途についた。

 ☆  ☆  ☆

ケービーズ・岡野
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# by kbzoffice | 2011-09-04 18:14 | 1207までの過去ログ